※本記事は、川村文化芸術振興財団に提出された報告書をもとに、原稿整理、短縮などの編集、再構成を行ったものです。
島のアトラス:私たちの言葉は故郷の未来
【申請プロジェクト名】
島のアトラス:私たちの言葉は故郷の未来
【申請者名】
エルゲダ・ウォード・スタジオ(EWS)(ヒメナ・エルゲダ& スティーブン・ウォード)
【助成金】 30万円
【概要】
島民の「故郷」との精神的なつながりは、個人の存在意識の根幹に深く結びついている。当プロジェクトでは、同じ姫島(大分県)出身でありながら互いに違う環境を選択した参加者たちがリモートで対話し、「空想と現実」という対比を超えて自ら浮かび上がってきたイメージを地図に表現する。描かれた地図は、アトラスとして島の未来に関する命題の体系となり、自己やコミュニティー全体の意識について理解を深めることを志向している。
エルゲダ・ウォード・スタジオ(EWS)は、ソーシャリー・エンゲイジド・アートではアーティストが触媒となり、政治的手法ではなくアートをもって人々へ社会参画を促すことができると考えている。2020年、EWSが失われていく人々の記憶を多面的に記録するために、「故郷での思い出」をテーマにチェア・プロジェクトを実施した。「故郷での思い出」のお話から島の未来についての言及も多々あったが、総じて未来への主体性が感じられていないようであった。
同じ姫島出身者同士で、リモートや対面によるダイアログを通して、多角的に姫島の状況やお互いの気持ちを共有し、実際の姫島の地図を元に「姫島の未来像」を制作した。対話内容を現場にいる参加者がメモし、姫島の航空地図上にダイアログで生まれた「姫島の未来像」を相手と確認しながら文章にまとめて書いていくようにした。
【開催/実施/発表】
●リサーチ
◯事前準備
機材:モニター、パソコン2台、カメラ2台、録音マイク
材料:A2 姫島地図、写真用マーカーペン、鉛筆、トレーシングペーパー
資料:プロジェクトの説明資料、EWS活動パンフレット、参加者用の同意書
◯開催場所・時期
場所:姫島エコツーリズム(以下エコツー)2階、参加者の自宅あるいは仕事場。 エコツーは電気自動車のレンタル場所や、カフェスペースがあるため、島民がよく訪れる場所である。2階の広い窓からフェリー乗り場や国東半島が見え、姫島の未来像を想像するのにとてもよい環境だった。時期:2022年7月23日〜8月8日
●リサーチの経緯
・産業
姫島では、車海老漁業が島の重要な産業のひとつとなっている。島に収入をもたらす新しいビジネスを歓迎する人もいれば、既存の産業や暮らしの維持を望む人もいた。
・若年層
姫島では産業は少ないため、仕事のために島を出る人が多い。また、公共教育も中学までとなっている。このような理由から、少子高齢化が急速に進んでおり、大分県で最も平均年齢が高い市町村である。若い人たちには、新しい若い住民を望む声が多かった。子供の将来を心配する親たちは、子供の教育の選択肢を増やしたいと考えていた。・住民の自発的な協力
島のお土産物屋の方からプロジェクトに協力したいと申し出があった。お店に5枚の地図を置き、夏休み中に買い物に訪れた小中学生に島の未来像、その希望や恐れを地図に書いてもらった。島にあってほしい施設、遊び場、ものが自由に書かれていた。 プロジェクトに参加した大人のようにダイアログから浮かんできた理念や概念で参加者のコンセンサスで結論に到達したりはしなかった。
しかし、後日、小学校の校長先生の話によると学校の課題でも「島の未来について」グループで話をしているそうだ。アトラスプロジェクトで学校の課題とは異なる枠組みで小中学校の子供たちが交流しながら自由に自分たちの島の未来像を語ったり書いたりすることができた。
・困難だった点、課題
姫島では村長の権力が強く、アトラスプロジェクトは独立したプロジェクトであるにもかかわらず、最初は村長に会って許可を得るよう言われた。最終的にはエコツーの担当者が役場でプロジェクトを紹介し、プロジェクトの許可を得ることができた。EWSは姫島で暮らしていないため、参加者を集めることが非常に困難だった。SNSなどで事前に案内を送ったりしたが、プロジェクトが始まった当初、参加希望者は二人しかいなかった。住民に積極的に声をかけ、お店の方や島に移住してきた方の協力で人が繋がっていく形となり、ダイアログに77名が参加した。
前プロジェクト:「チェアプロジェクト」を行った際は、参加者へのインタビュー 形式で話をしてもらったが、今回は参加者同士での対話の内容を掘り下げていくことやお話の方向性をこちらから導いていく必要もあった。
・ダイアログの流れ
1. EWSと参加者がお互いに自己紹介をし、EWSが本プロジェクトの説明や過去プロジェクトとの関連性について説明をする
2. EWSがプロジェクトのドキュメンテーションや個人情報の扱いについて説明後、参加に同意の確認をする。
3. 参加者がお互いの関心を確認しながら島の未来像のテーマを決め、自由に話してもらう。このときダイアログの主題から外れすぎないように、必要に応じてEWSが質問やコメントをする。
4. 現場にいる参加者がポストイットにメモを書いたり、姫島の地図にダイアログで生まれた像を対話相手と確認しながら文章にまとめて書いていく。
5. 参加者に個人情報の扱いについての同意書を書いてもらう。
6. 最後に、EWSがこれからの報告、マップの展示会、プロジェクトをフォローできるホームページやSNSを教える。
●リサーチ概要
◯参加人数、完成したマップの数
『島のアトラス:私たちの言葉は故郷の未来』に3~80歳の77人の参加によって、姫島の未来像のマップ29枚ができた。姫島出身者・島在住者 58名/本土在住者 10名/その他・移住者 9名。対話時間は各組45分~3時間。
◯対話内容
参加者は対話を重ね、自分たちの島と環境の未来を想像することができた。公園などのパブリックスペースや、島の自然、観光施設などが主に話された。あるグループは、島民や観光客が集うパブリックスペースをどう作るかということに焦点を当てて話し合った。また、島にすでにあるパブリックスペースを活用することに焦点を当てて、メンテナンスや修理のアイデアを出し合うグループもあった。
移住してきた二人の対話では、島を「近未来の日本の理想像」に変えるアイデアが話された。
島の環境については、自然を自分たちの生活の一部と考え、守りたい人たちと、森の一部を破壊して新しいインフラ、つまりホテルやゴルフ場を建設し、観光客を引きつけようとする人がいた。
島民の殆どはあまり買い物をせず、自分たちで獲った魚介や育てた野菜を食べることが多かった。そのため、漁業・農業についての話題がよく話された。
漁業については、主に近年の魚介類の減少が話された。島民のなかには、海がきれいすぎてプランクトンの餌となる窒素が不足し、それが魚の減少の主な原因になっていると考える人がいた。また、地球温暖化の影響や、「漁業の終焉」「魚の養殖のためのスペースと技術の必要性」を語る人もいた。
農業についてはイノシシによる農作物被害が話された。イノシシが餌を求めて本島から泳いできて、島民の農作物の栽培を難しくしていることに対し、イノシシでジビエ料理をするアイデアが出てきた。
●島民からのフィードバック
同じ地域に住む人々の想いや思考が、これほど明確に表されるのを目の当たりにして感動したz今まで個人の想いや思考が披露されたのは初めてではないのか。人の口をついて出た言葉・意見には批判を加えないことを遵守すると今回のプロジェクトのような結果を見ることを確信した。(80代男性)
人がこの島で幸せに充実した生活ができるよう、色んな人がアイデアを出していくことが大切だと改めて認識した。これからは、中学生をそういうアイデアを出し、島のことを考えていく人間に育てていきたい。(50代男性)
希望や期待の案がたくさん出て文字から感じるエネルギーがとても楽しかった。 (30代女性)
●展示(29枚のマップ)| 2022年8月5日〜12月1日〈会場〉姫島エコツーリズム2階
【成果】
現在の村長の一家は50年以上にわたって代々村長を務めており、島民の中には変化を求める人もいた。30代の島民や役場の職員は、仕事への影響を懸念して、自分の考えを話したり身分を明かしたりすることに慎重になっている。EWSは、島民によるプロジェクトへのフィードバックから、島のアトラスが、島民が自分たちの島の未来について話し、議論し、共通認識を得ることができる中立的な場と、対話の枠組みを提供
できたと考えている。
プロジェクトの最後に展示された29枚のマップはアトラスとしてさまざまな物語を表し、より多くの対話や物語を紡ぎ出している。島民の故郷の記憶を集めた、前プロジェクトの「チェアプロジェクト」や今回の「アトラスプロジェクト」では、EWSがどれだけ変化のきっかけになったかは定かではない。島民が投票などの手段で故郷の意思決定に積極的に参加することができなければ、大きな変化は起きないだろう。 しかし、今回のプロジェクトによって対話は始まり、それはこれからも新しい物語を生み出し、行政がそれを聞いてくれることを私たちは期待している。また、今回狙いとした意識の変化を見るためには、より長いスパンで島の人々と向き合っていくことが必要だと感じた。