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本記事は、川村文化芸術振興財団に提出された報告書をもとに、原稿整理、短縮などの編集、再構成を行ったものです。

オープンスタジオ/3.11後の復興に関する資料ライブラリー

【申請プロジェクト名】
オープンスタジオ/3.11後の復興に関する資料ライブラリー

【申請者名】
志賀理江子

【助成金】 50万円


【概要】
2021年から宮城県美里町にある、パチンコ店を改造した私の制作スタジオ(スタジオ・パーラー)にて、「DOMING NOTHING BUT STUDIO OPEN」と名付けたオープンスタジオを定期的に開催してきました。そのなかで、訪れた人たちの想像力のインスピレーションになり、表現の場にもなるように、ゲストを迎えてのワークショップやトーク、レクチャーなども開催しました。
また、私自身が東日本大震災以後の12年間の「復興」の内実に多大な影響を受けて制作に取り組んでいる経緯もあったために、「3.11後の復興」に関係するさまざまな作品、映像資料などを閲覧できるように「3.11後の復興に関する資料ライブラリー」と名付けたコーナーを作って、2023年4月から6月にかけて展示をしました。
私は、その内実を知り、それらがなぜ行われたのかを知り、今後をどう工夫して生きていくのかを、身近な人たちとともに考えて試行錯誤していきたいと、切実に願っていました。そのためには、復興計画の資料だけではなく、そもそも近代以降「東北」と呼ばれたこの土地に何が行われてきたのかを知ること、政治の働きや、人間の存在・社会と自然の関係など、さまざまな視点や立場から考えることがとても大切だと思いました。自分たちとはどんな存在なのか、という視点に向き合うように言葉や写真、映像や関連資料、木や骨などの実物などが互いに影響し合って観る人へ問いかけるような配置を工夫しました。
自身の制作場所を開き、さまざまな取り組みを企画し、表現や交流の場にする、というオープンスタジオの活動にはとてもユニークな展開が望める可能性を非常に感じています。2023年10月に、宮城県美里町から、沿岸部、石巻市の市街地にスタジオを移転したいま、このオープンスタジオのユニークな展開をさらに深めたかたちで試みたいと思っています。
それぞれの活動の写真・映像記録はインターネット上で公開したいと思います。


【開催/実施/発表】

●オープンスタジオ
2024年5月〜2025年3月(基本的に毎週土曜日(不定期休業あり)、12時〜18時
〈会場〉志賀理江子スタジオ(宮城県石巻市)
〈参加人数〉志賀とスタッフ1名がスタジオ内に常駐
志賀理江子スタジオの外観

東日本大震災から13年が経とうとしています。この長い時間では、直接的な死の衝撃が和らぎつつも、いま自分が生きている命の重みと、急速に変容する数々の「復興計画」がもたらした影響が、たくさんの人たちの複雑な想いとなって渦巻きました。同時にその分だけ、強く生きようとする力も生まれていることも実感するいま、このオープンスタジオは「3.11後の復興に関する資料ライブラリー」という常設展示を通じて、ゆっくり本などを読める空間となるよう、感受性が育まれる場所に育つよう、制作スタジオを開き、読書会・ワークショップを不定期で行うことでも、さまざまな分野の人たちとともに考え、試行錯誤の実践をしていきたいと思います。

「3.11後の復興に関する資料ライブラリー」の本棚


【成果】

スタジオのある宮城県石巻市の旧市街地は、東日本大震災による津波が平均して約2〜3メートルに達した被災地域であるが、商店街は建物の改築などを経て、この13年で復旧が進んできた。その一角に制作スタジオを構え、震災以後の復興に関するライブラリー、関連展示を常設したオープンスタジオを行ってきたことは、図らずもこの地域の人々の、震災から復興への時間の中での、自然・命の営みに関する思考、態度、実践に多く触れることとなった。このスタジオはふだんは私の作品制作スタジオであるわけだが、その扉を開く(同時に制作チームの思考も開く)ことで、それ以上の応答や声を聴く機会となった。

この場所から少し離れた石巻市門脇地区には「石巻市震災遺構門脇小学校」や「みやぎ東日本大震災津波伝承館、北上川の河口付近には「石巻震災遺構大川小学校」などがある。東日本沿岸には「3.11伝承ロード推進機構」に記載される、実に数多くの公的な伝承館や遺構などがある。この数年では、その公的な語りに呼応するように、個人の経験や対話によって手作りで立ち上げた「オルタナティブ伝承館」と呼ばれる場所も増えてきて、各々が連携した催しなども増えてきた実感がある。
この1年間行ってきた「オープンスタジオ/3.11後の復興に関する資料ライブラリー」は、私個人がこの13、4年間で向き合ってきた本などを中心に構成した。本棚には観覧する人が手に取りやすいよう、また、本が置かれる位置関係などによって系譜や関係性が目視で感じられるように、すべの本が表紙の面で置けるように工夫した。
「3.11後の復興に関する資料ライブラリー」の本棚
(1)中央政権からの方角として「東北」と呼ばれたこの土地の風土・歴史、現在までの社会的変遷の資料。また、この地でどのような人たちがどのようにさまざまな人生を生き、何を語ってきたのかに触れるためのオーラルヒストリーなどの資料。
(2) 2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故に関連するあらゆる資料。核、原子力の歴史や、世界各国の物理・科学技術の発展から原爆開発に至るまで、そして広島・長崎の原爆投下による人々への被爆の内実、その後の核の平和利用の流れから原子力発電所のあらゆる事故、現在も続く核兵器開発の最前線などを、さまざまな視点から考察できるような資料。
(3)自然と人間社会の関わりにおいて、近代以前にどのような世界が広がっていたのか、どのようにして近代が始まって浸透していったのかを、自然の内側の視点(土壌や微生物、植物、野生動物)から考察できるような資料。
(4)東日本大震災における「創造的復興」を呼びかけるため、広告代理店などが多額の資金を元に製作する、各メディアへのイメージ戦略や広告の内実について、知識(プロパガンダの技術や歴史)を深めるための資料。
(5)世界中のアーティスト個人、コレクティブ、市民団体が、自分たちの日々の問題意識などをテーマに独自に編集、印刷、製本や販売を手がけるジン(小冊子)やポスターなどの資料。
スタジオには、国内外を問わずたくさんの人が訪れてくれ、本を手に取って開館時間中ずっと読んでいる人や、毎週通ってくれる方、学生、近所の人が「何が起こっているのだろう」と気にして立ち寄ってくれることも多々あった。
スタジオ入り口の壁には、石巻・牡鹿半島の鹿の獣害駆除と食肉加工施設での食肉加工を主に行なっている猟師の小野寺望さんへのロングインタビューと、その対話を元にした写真作品を配置、石巻の自然環境に何が起こっているのかを読んで知ってもらえるように展示。


本棚の向かい側には、「HUMAN HIGHWAY:東日本大震災から14年、社会的・経済的復興の内実と、ひとりひとりの人間の、人生の関わり、わたしたちの命の因果のロードマップ」と称したコラージュの制作を、さまざまな人との対話を織り込み、拡張するように展示。


スタジオ内には、石巻・桃浦漁港で現在も漁を続ける95歳の現役漁師である甲谷強さんへのインタビュー撮影映像(全4時間)を視聴できるように展示。甲谷さんは、昭和4年に桃浦で生まれ、第二次世界大戦後、昭和35年に日本国が外貨(ドル)を稼ぐために操業を計画した、第52崎吉丸へ船長兼漁労長として乗船、南米パラマリボを基地として操業を経て、帰国。その後は桃浦漁港にて漁業を続け、震災後には各大学などが連携して東日本沿岸部で行った「漁師の学校」などに携わり、現在も漁を続けている方である。甲谷さんは高齢であるために、石巻市内でも住み慣れた環境から離れることは健康リスクが高いため、スタジオでのトークの開催ではなく、映像記録をスタジオ内で自由に視聴するに至った。甲谷さんによる石巻(桃浦漁港)の海の案内は、四季を通じて行いたく、インタビュー撮影は今後も続けたいと思っている。

95歳の漁師、甲谷強さんへのインタビュー映像の展示


【関連サイト】
志賀理江子のウェブサイト