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本記事は、川村文化芸術振興財団に提出された報告書をもとに、原稿整理、短縮などの編集、再構成を行ったものです。

ネガティブな想像上の家族からポジティブな家族像を生み出すために

【申請プロジェクト名】
ネガティブな想像上の家族からポジティブな家族像を生み出すために

【申請者名】
寺田健人

【助成金】 40万円


【概要】
本プロジェクトは、日本社会で共有されてきた規範的な家族像を見つめ直し、クィアの視点から新しい家族イメージの可能性を考えるための芸術実践である。申請者はこれまで、存在しない家族との関係を想定して撮影するセルフポートレート作品《想像上の妻と娘にケーキを買って帰る》を制作し、家族という制度がどのように社会の中で形づくられているのかを問い直してきた。
近年、日本ではパートナーシップ制度の導入などを背景に、性的マイノリティーをめぐる社会的理解が進みつつあると語られることが増えている。しかし一方で、家族や職場などの日常生活の場面では、依然として異性愛を前提とした価値観が強く残っており、自身のセクシュアリティを公にできないまま生活している人も少なくない。その結果として、クィアの人びとが異性愛者として振る舞う、いわゆる「ノンケの振り」を行いながら生活している状況も見られる。
本プロジェクトでは、このような状況に着目し、クィアの人びとがどのように社会の中で異性愛者として振る舞ってきたのか、またどのような関係性を求めているのかについて、聞き取りを通して記録を行った。具体的には、申請者の周囲にいるクィアの友人たちに話を聞き、その語りとともに写真撮影を行い、オーラルヒストリーと写真表現を組み合わせた形で制作を進めた。
制度としては多様性が語られるようになった現在においても、個人の生活のレベルではカミングアウトが難しい状況が存在している。本プロジェクトは、そうした社会の状況と当事者の生活とのあいだにあるズレに目を向けながら、クィアの人びとの経験を記録し、想像上の家族というテーマを手がかりに現代の家族のあり方を考える試みである。


【開催/実施/発表】

●撮影(東京、沖縄)|2024年4月〜8月
〈参加人数〉撮影協力:5人


●オープンスタジオ

◯special talk event|9月21日
◯KENTO TERADA OPEN STUDIO||9月21日〜23日
〈会場〉KIYOKO SAKATA studio(沖縄県那覇市)
〈参加人数〉トークイベント:15人、オープンスタジオ:45人

本プロジェクトでは、クィアの友人たちへの聞き取りを行い、「これまでどのように異性愛者として振る舞ってきたのか、あるいは現在もそのように振る舞っているのか」といった経験について記録を行った。聞き取りでは、家族や職場などの日常生活の中でどのように振る舞ってきたのか、またどのような関係性を求めているのかといった点について話を聞き、当事者の経験を記録した。当初は、聞き取りで得られた語りの一部をフェルトに刺繍し、写真作品とともに提示する構想も検討していた。


制作した作品では、撮影された人物の顔を白い布で覆う表現を用いた。これは、クローゼットの状態にあること、あるいは過去にそうした状態にあった経験を象徴するものとして用いている。同時に、この白い布は葬儀の際に顔にかけられる布のイメージも参照しており、過去の経験を残しつつ、その時間を静かに見送るような意味も込めている。この表現には、社会の中で自身のセクシュアリティを明かすことが当然とされる状況への違和感も含まれている。カミングアウトをすることだけが肯定的な選択であるとは限らず、語らないことや隠すこともまた一つの生き方であるという状況を、制作の中で表現することを試みた。
また、撮影した写真はフェルトで制作した柔らかなフレームの中に配置する形式で提示した。フェルトという素材の持つ柔らかさや触覚的な親密さを用いることで、一般的な家族写真の額装とは異なる、不確かで曖昧な家族のイメージを提示することを試みている。


今回の実施では、こうした制作の過程を公開する形でオープンスタジオを行い、来場者に作品の背景やリサーチの内容を説明しながら対話を行った。オープンスタジオでは、制作中の作品を見せながら、現在の社会状況や家族のあり方について来場者と意見交換を行う機会を設けた。


また、沖縄美術史およびジェンダー研究を専門とする大城さゆり氏(沖縄県立博物館・美術館 学芸員)をゲストに招き、トークイベントを実施した。トークでは、沖縄という地域の文脈の中で性的マイノリティが直面している社会的状況や課題、またそれらが表現や文化の中でどのように扱われてきたのかについて議論を行った。イベントの後半には参加者との質疑応答の時間を設け、沖縄におけるジェンダーやセクシュアリティの問題、クィアの表現のあり方などについて意見交換が行われた。
オープンスタジオでの展示風景


【成果】

本プロジェクトを通して、性的マイノリティが社会の中でどのように振る舞いながら生活してきたのかについて、いくつかの重要な示唆を得ることができた。聞き取りを行う前は、異性愛者として振る舞ってきた経験は主に過去の出来事として語られるものだと想定していた。しかし実際には、現在でも状況に応じて異性愛者として振る舞う必要があると語る人も多く、カモフラージュは単なる過去の経験ではなく、社会との関係の中で現在も続いている実践であることが明らかになった。


また、聞き取りの中では、異性愛規範だけでなく、LGBTQコミュニティーの内部においても「らしさ」を求められるプレッシャーが存在するという語りが複数見られた。クィアとしてのアイデンティティが可視化される一方で、コミュニティーの中で期待される振る舞いとのあいだに葛藤を感じている人もいることがわかり、クィアの生き方が単純な解放の物語として語れない複雑さを持っていることが印象的であった。


さらに、トークイベントの議論を通して、制度の整備と実際の生活とのあいだにあるギャップについても改めて認識することができた。ゲストの大城氏からは、沖縄では親戚関係や地域コミュニティーの密接さがカミングアウトの難しさにつながる場合があるという指摘があった。制度が整備されたとしても、地域社会の価値観や人間関係の構造によってセクシュアリティを明かすことが難しい状況は今後も続く可能性がある。


こうした語りや議論を通して、クィアの人びとが社会の中でどのように関係性を築き、どのように自分自身を守りながら生きてきたのかを記録することの重要性を改めて認識した。本プロジェクトで得られた知見は、制度の変化だけでは捉えきれないクィアの生活の実態を示すものであり、今後の作品制作やリサーチを進めていく上での重要な手がかりとなった。
オープンスタジオで開催された、大城さゆり氏とのトークイベント