archive 2018年度アーカイブ

本記事は、川村文化芸術振興財団に提出された報告書をもとに、原稿整理、短縮などの編集、再構成を行ったものです。

ソーシャリー・エンゲイジド・アート支援助成
2018年度対象プロジェクト

【申請プロジェクト名】
新・東京修学旅行プロジェクト:クルド編、中国残留孤児編、福島編

【申請者名】
一般社団法人Port B(ポルト・ビー)

【助成金】 上限500万円


【概要】
『新・東京修学旅行プロジェクト』は、欧米アートシーンと比較すると日本ではテーマになることの少ない難民問題にコミットし、新しいソーシャル・エンゲイジド・アートのモデルを創出することを目指し、難民たちがガイドする観光ツアーによって日本社会や東京の見方を更新すべく企画された。クルド編と中国残留孤児編ではそれぞれ「関東大震災・東京大空襲」と「東京裁判と戦後」を扱い、福島編では「東京オリンピック」を主題に扱った。


【開催/実施/発表】

●新・東京修学旅行プロジェクト:クルド編

2018年7月13日(金)~15日(日) 2泊3日(12日(木)に前夜祭)
〈参加人数〉
前夜祭:88人/本期間:約200人(ともにスタッフ17人と招待関係者を含む)
〈スケジュール〉
7月12日(木):前夜祭(Scool(東京・三鷹)にて)……難民認定手続きに関する陳述書の朗読、クルドについてのレクチャー など
7月13日(金):1日目……東京入国管理局(東京・港南)〜都立横網町公園(東京・横網)ツアー
7月14日(土):2日目……クルド料理教室(埼玉・蕨)〜瓦礫から見えてくる東京地下ガイドツアー(東京・浅草など) など
7月15日(日):3日目……駐日トルコ共和国大使館(東京・神宮前)訪問〜ギリシャ悲劇『嘆願する女たち』を読むワークショップ(東京藝術大学)〜プレゼン大会&フォーラム(上野文化会館) など

●新・東京修学旅行プロジェクト:中国残留孤児編

2018年11月24日(土)〜25日(日) 1泊2日(23日(金・祝)に前夜祭)
〈参加人数〉
約180人(スタッフ10人と招待関係者を含む)
〈スケジュール〉
11月23日(金・祝):前夜祭(MISA SHIN GALLERY(東京・南麻布)にて)……中国残留孤児2世のレクチャー
11月24日(土):1日目……レクチャー(東京・市谷)〜靖國神社神社(東京・九段北)ツアー〜池袋ツアー〜映画「東京裁判」鑑賞会 など
11月25日(日):2日目……ガイドウォーク(東京・池袋)〜荒地詩集ワークショップ(同)〜掃除ワークショップ(同)〜トーク&夕食(東京・蒲田) など

●新・東京修学旅行プロジェクト:福島編

2019年3月9日(土)~11日(月) 2泊3日
〈参加人数〉
220人(スタッフ10人と招待関係者を含む)
〈スケジュール〉
3月9日(土):1日目……キックオフミーティング(東京・千駄ヶ谷)〜夕食&懇親会(東京・代々木)など
3月10日(日):2日目……公開ワークショップ(映像上映など|東京・神宮前)〜バス観光(東京・ベイエリア)〜東京ディズニーランド(千葉・浦安) など
3月11日(月):3日目……オリンピック関連施設見学(埼玉・朝霞)〜報告会(レクチャーパフォーマンスなど(東京・芝浦) など


【成果】

●新・東京修学旅行プロジェクト:クルド編

〈日本国内の難民の実態を生活レべルで知る機会をつくる〉
クルド人が多く住む、埼玉・蕨。あるクルド人家族とともに料理教室を開催した。クルドの歴史や民族的な背景を学び、彼らと交流する時間が生まれた。料理教室の参加者にとっては、クルド料理や彼らの振る舞いを通じ、単に「難民問題」といった切り口から語られるのとは異なる方法で彼らの存在を認識する機会となった。
「クルド編」前夜祭では、長年日本で生活するクルド人をゲストに招き、上映会+トークイベントを実施した。既存のメディアを通じてではキャッチすることが難しくなっている層の人々に彼らの声が届き、場を共有できたことは大きな成果だった。
「クルド編」前夜祭でのトークの様子
関東大震災・東京大空襲で亡くなった方の遺骨が祀られてる東京都慰霊堂(都立横網町公園)にて、二人のゲストを招きそれぞれの立場から「慰霊」について語っていただく場を設けた。祖国で起こったクルド人虐殺のハラブジャ事件と、東京で実際に起きた朝鮮人虐殺とについて、参加者は戦争の歴史を学び直すための新たな視点を得ることができた。
東京都慰霊堂内でハラブジャ事件について語るクルド人、ジャフ・ヒワ氏
本プロジェクトが演劇作品としても挑戦している点は、社会のどこにどのような「観客席」をつくることができるかということであった。演劇の歴史的な機能は「観客の創造」であり、新しい観客を生み出すこと、つまり個人の価値観を更新していくことと同義である。料理教室やトークイベントといった催しは、参加者が難民たちの視線を自覚し、個人と社会との距離を書き換える実践であり、本プロジェクトを通して、アートが都市やコミュニティーに関与していく際の演劇的思考を使った方法論が示されたといえる。

●新・東京修学旅行プロジェクト:中国残留孤児編

〈プロジェクトをプラットフォームとして、立場の異なる多様なコミュニティーをつなぐ〉
『新・東京修学旅行プロジェクト』では、難民たちのコミュニティー、地域コミュニティー、支援組織、研究者、中高生や子どもたちなどが、本プロジェクトを通じて出会い、交流するプロセスを重視した。 社会から「難民」として認識されていない残留孤児にあえて焦点を当てた「中国残留孤児編」では、国内において難民問題が依然として支援組織の活動にとどまり、社会全体の問いになっていない実情をあらためて認識する機会となった。リサーチを通じて中国残留孤児の方々と出会い、修学旅行という形式のなかで彼らの声を一般に開いたことは大きなチャレンジであった。同時に残留孤児の方々同士の新たな出会いをも生み出せたことは、予期せぬ収穫であった。
中国残留孤児1世、中島幼八氏による朗読の様子 
ドキュメント映画「東京裁判」を鑑賞し、残留孤児の方々が辿ってきた個人史に耳を傾けながら、戦後の日本がアジアとどう向き合ってきたか、あらためて考察する時間を設けた。このような実践は、異なるコミュニティーが共同で社会課題に向き合う「コレクティブ・インパクト」にアートも寄与しうることを示した。
また、演劇的ツアーが社会の実態を観客に伝える手法は、教育、観光、社会包摂に応用可能であり、参加者/観客の幅を社会へのインパクトを以て拡張できることは、ソーシャル・エンゲイジド・アートが内包する社会参加の可能性とも重なる点である。
中国残留孤児1世、八木功氏が経営する中華料理店「元祖羽根付き餃子のニーハオ大飯店」での親睦会

●新・東京修学旅行プロジェクト:福島編

〈高校生との交流を通したプラットフォームづくり〉
メインの参加者を高校生に限定した「福島編」では、「難民」という言葉の解釈をさらに広げつつ、福島と東京の高校生たちが交流するプラットフォームとしての場や時間を生み出す側面を重視した。
福島や東京の高校生らが参加したワークショップの様子